2024.02.28 更新

MTBもBMXも、好きだから両方やる。
コースがないなら、自分で作る。
純粋な動機から、気づけば型破りな現在地に。

山梨県北杜市の山中に2013年にオープンした自転車フィールド「YBP(Yuta's Bike Park)」。当時日本で唯一、世界レベルの8メートルスタートヒルを有するコースをたった一人で作り上げたのが、プロレースライダー栗瀬裕太さんです。日本では珍しいMTB(マウンテンバイク)とBMX(バイシクルモトクロス)両方のプロ選手であり、10代の頃からマルチなスターとして知られる栗瀬さんがコース作りをはじめた経緯や、長年親しまれてきた自転車への想いをたっぷりとお聞きしました。

profile
profileYBP代表 栗瀬 裕太さん

1982年生まれ、大阪府出身。MTB(マウンテンバイク)ではダウンヒル、4クロス、ダートジャンプ、BMX(バイシクルモトクロス)ではレースとダートジャンプと多種目を乗りこなすプロレースライダーであり、フリースタイルライダー。13歳でプロ入りし、MTB・BMX合わせて4種目でそれぞれ大会優勝経験をもつ。海外でのレース経験や国内でのコース造成の経験を生かし、2013年に山梨県北杜市に世界レベルの自転車フィールド「Yuta's Bike Park」をオープンさせた。

後編の「栗瀬さん」

  1. 無計画ではじまったコース作り
  2. 多くのサポートを受け、コースが完成
  3. 子どもの頃に描いた夢の実現
  4. 思い出の地、「サイクルどろんこ広場」へ

山道や砂利道など舗装されていない道を走るMTBと、小径の自転車でスピードや技を競うBMX、両競技のプロ選手でありながら、自ら自転車フィールド「YBP(Yuta's Bike Park)」を作り上げた栗瀬さん。仕事を辞め、ゼロからスタートした世界レベルのコース作りは、一体どのような道のりだったのでしょうか。

Cyclingood
職を手放してのコース作り、どのように進められたのですか?
栗瀬さん
今考えれば、仕事と両立するなど方法はありますよね。資金も計画もなく土地探しから難航して、前途多難でした。どこに掛け合ってもダメで、最後の最後に手を差し伸べてくれたのが山梨県北杜市でした。世界をめざす若手のための環境を作りたいと訴えたところ、土地を格安で貸してくださることになりました。騒音や排ガスの心配がないことと、僕がアスリートとして顔を出して活動しているから信頼できるだろうと、BMXの名前さえ知らなかった役所の方が承諾してくださったのです。
Cyclingood
当時栗瀬さんは20代。選手として自分のために時間を使いたいとは思われなかったのでしょうか。
栗瀬さん
作りはじめたのが28、9歳の頃だったかな。もちろん自分が海外で活躍するための環境を作りたい気持ちもありました。でも選手として若くはなかったし、一番は後に出てくる若手のためにという思いが強かった。コース造成の協力やアドバイスは20代から経験があり、何より小学生の頃から自力で空き地を練習コースにしていたので、土地さえ決まればすぐできるだろうと思って、重機の免許を取って整備を進めていきました。

Cyclingood
本当にゼロから、一人ではじめられたのですね。
栗瀬さん
一人で続けているうちに、自転車仲間や地元の方が手を貸してくださるようになって、本当に大勢の方に協力していただきました。8メートルスタートヒルを作るには金銭的な課題が大きかったのですが、クラウドファンディングで呼びかけたところ、目標の半分の期間で倍の資金が集まりました。
Cyclingood
YBPを作るにあたって、こだわった点をお聞かせください。
栗瀬さん
まず世界レベルの練習ができること。そして、MTBもBMXも、プロ選手と初心者や子どもたちが間近に走れること。完成した現在のYBPでは、プロ向けのBMXコースに加え、初級・中級・上級コース、MTB用コースと複数のコースが隣接して、ビギナーが走っているすぐ近くでプロが大技を決めているところを見ることができます。
Cyclingood
まさに、栗瀬さんが子どもの頃に空き地で思い描いていた光景ですね。
栗瀬さん
実際、国内外のスター選手たちが走りに来てくれたのですが、自分で作ったコースをみんなが走っている姿を見て胸が震えました。若手選手が堂々と8メートルスタートヒルを走り抜けていったり、東京オリンピックの直前には強豪フランスの代表選手7人がYBPで合宿をして、決勝まで残ったり...。おいおい、夢叶ったぞ、と熱くなる瞬間がたくさんあります。

Cyclingood
2013年のオープンから約10年、主にどのような取り組みをされているのでしょう?
栗瀬さん
「八ヶ岳カップ」や「ダートジャンプJAM」など一般参加型の恒例イベントから、世界レベルのスター選手たちの走りを間近で観られるイベントまで、さまざまな企画を多数開催してきました。
Cyclingood
レースやイベント以外には、どのような取り組みがありますか?
栗瀬さん
2016年から8年間、北杜市が市民向けに開催している教室の一つとして、体験型のBMX教室も開催してきました。地元の子どもたちが大勢集まってくれたので、翌年から本格的に子ども向けのクラブチーム「TEAM YBP」を発足しました。そうした縁もあって、実は山梨県の観光大使も務めているんですよ。
Cyclingood
選手の育成だけでなく、自転車競技の裾野を広げる活動や地域活性化にも一役買っているのですね。
栗瀬さん
クラブチームの子どもたちや常連のお客さんは何度か通ううちに自分のバイクが欲しくなって、地元のMTB・BMX専門店を利用してくれるようです。自転車を楽しむ人が増えること、地元の専門店にたくさん足を運んでくれることがとてもうれしいです。そうして山梨県全体の活性化につなげていきたいですね。
Cyclingood
長年自転車と共に歩んで来られた栗瀬さんが感じる、自転車の魅力とは何でしょうか。
栗瀬さん
年代を問わず楽しめることかな。子どもの付き添いで来ていた保護者が「私もやってみたくなって」とハマる姿もよく見かけます。それに、YBPのお客さんの年齢層は50〜60代が最多。ベテランの中高年の方が、5歳くらいの子どもと肩を並べてコースやジャンプについて盛り上がれるのは、MTB・BMXならではですね。生涯楽しめるスポーツとして、自転車競技をもっと盛り上げていくには何ができるか、今は次のステップを模索しているところです。

話が一段落したところで、栗瀬さんがBMXと出合った思い出の地「サイクルどろんこ広場」へ。
「懐かしいけど、当時と変わっていないのはスタート地点くらいかな。ここで開かれた大会で最下位になったら母がゴール地点に待ち構えていて、めちゃくちゃ叱られたことを鮮明に覚えています。母も悔しかっただろうな(笑)」と思い出がちらり。

平日の日中のため貸し切り状態かと思ったら、練習中の母娘の姿が。あんな風に一人で走っていたなあと懐かしみつつ、栗瀬さんは自然と母娘に声をかけます。聞けば小学生の娘さんがBMXにハマッたばかりで、今度大会に初挑戦するのだそう。女の子には「緊張せずに!楽しんで!」、お母さんには「結果がどうでも、たくさん褒めてあげてくださいね」と話す栗瀬さん。
「子どもにも保護者の方にも、子ども時代の自分が言ってほしかった言葉、うれしかった言葉を伝えるようにしています」と、クラブチームやYBPで大切にされている想いを話してくださいました。
「何気ない一言でも、ずっと残るものだから。そうして楽しみながら一生懸命がんばることで、自転車のスキル以上の、人間的な成長につながったらいいなと思います」。
子どもから大人まで世代の壁を飛び越えて楽しめる。自転車を挟んで初対面の母娘と談笑する姿はまさに、栗瀬さんが感じる自転車の魅力を体現しているようでした。

撮影のためにと走っていただくと、目の前で繰り出される技に思わず感嘆の声が漏れます。
「お客さんが大勢いて、自分のパフォーマンスでワーッと盛り上がるとめちゃくちゃ気持ちがいいですよ!」と栗瀬さん。MTBもBMXも、自分が乗りたいから両立する。世界レベルのコースが必要だから自分で作る。一見型破りに見える挑戦の根底には、自転車が好きだという純粋な感情があふれているのだと感じました。
40歳をすぎても現役のプロ選手として活躍し、同時に後輩のため、ビギナーのために道を切り開き続ける栗瀬さんが、次はどんな道へと進んでいくのか、そのとき日本のMTB・BMXシーンはどんな盛り上がりを見せているのか、まだまだ楽しみは尽きません。
栗瀬さん、ありがとうございました。

おすすめコンテンツ Life