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2015.12.09 更新
自転車運動の効果を科学的アプローチで解明。
「日本人に役に立つ研究」にこだわり続ける、髙石教授の情熱。
名古屋市立大学大学院のキャンパスの一角、緑に囲まれた静かな場所に髙石教授の研究室があります。自転車にコンピュータを接続した実験室と書籍が並ぶ研究室がつながったこの場所で、髙石教授は自転車運動がもたらす健康効果について長年取り組んでこられました。
「自転車はラクすぎて運動にならない」というイメージを覆す研究結果を数多く発表され、世界的にも知名度の高い髙石教授。自転車にかけた研究者としての経緯と思いについて聞いてみました。
髙石 鉄雄(たかいし てつお)
体育の先生から運動生理学の研究者へ。
自分の興味に向き合って、柔軟に進路を選択。
このあたりからまずはお話しいただけますか?
あるとき、同期の陸上部のメンバーに運動生理学の資料を見せてもらったことをきっかけにトレーニング原理に興味をもったんです。
無意識にしている運動を科学的にアプローチすると、因果関係が明確になることがとても面白いと感じたんですね。筋力やパワー、持久力の向上が競技成績に結びつきやすいこともあって、運動生理学を専攻している人に陸上競技出身者は多いんですよ。
それで2年生の冬だったかな。運動が好き、人に教えることも好き、だから高校の体育の教員になろうと教育学部への転部を決めました。
その後大学院に進学されたんですよね。
その頃師事していた京都大学の森谷敏雄教授のお手伝いで、実験に参加させてもらったり、学会で発表したり。
次第に教員採用試験の勉強よりもこっちの方が面白くなってきて高校教員への道から方向を変え、研究者として生きていこうと決めました。
簡単に言うと、筋電図を使って疲労を伴う作業を行った際の筋活動の変化を見るものでした。たとえば同じ速さで走る場合でも、1分間に150歩で走るのと、歩幅を広くして140歩、130歩と少ないピッチで走るのとでは筋肉の疲労具合も変わります。
私は、このときの疲労の違いを筋電図を使ってとらえて、「どのペースで走ると一番疲れにくいか」を導き出す研究を進めたいと考えていました。
このような研究をランニングで行うと、足を地面につけたときの着地衝撃の影響で力の発揮以上に筋活動が大きくなってしまいます。
つまり、正確なデータを取ることができない。
どうしたものかと考えていたら、走行速度が一定でもギアを変えることでピッチを変えられる「自転車」がひらめきました。
しかも、室内実験用の自転車なら、運動中に乳酸や酸素摂取量などのデータも取れる。私にとって研究の条件を満たす他にないツールだったのです。
筋肉の変化をとらえるためのツールとして自転車に着目されたと。
その研究は論文として発表されたのですか?
実は日本ではあまり知られてなかったのですが、知人の日本人教授がオーストラリアに行ったときに「TAKAISHI」の名前が広がっていて驚いたというエピソードがあったほどでした。
自分で言うのも何ですが、本人の知らないところで自転車研究のBIG NAMEになっていたみたい(笑)。
運動生理学とバイオメカニクス、両方を同時に扱った自転車研究はほとんどなかったので注目されたようです。
疲れにくく、長く、速く走るための理想のケイデンスを追究。
そして世界初となる研究結果を発表。
研究結果を発表されているとお聞きしていますが。
そうそう。ちょっと自慢していいかな(笑)。
長距離を速く走るロードレースなどは特に、できるだけ筋疲労を少なくしながら1ペダリングあたりの筋力発揮を大きくし、効率的に推進力に変えられれば有利です。
じゃあ長時間走る場合に適切なケイデンスとはどのくらいになるのか。
酸素の使用量、筋放電量、ペダル踏力の関係を熟練者と一般人の比較でいろいろと実験をしてみました。
軽いギアでクルクルとペダリングするのと重いギアでゆっくりペダリングするのでは、筋肉の収縮の仕方が異なり、重いギアの方が筋肉中のグリコーゲンや血液中の酸素を使います。つまり、軽いギアで高回転のペダリングをする方が筋疲労になりにくいことが判明したのです。
競技者は感覚的にペダリングをしていたのでしょうか。
この研究によって、長く、速く、疲れずに走るための理想のケイデンスとして発表したのが、サッカーや陸上競技などで鍛えていても自転車でのトレーニングをしていない人でせいぜい70回転、トライアスリートで85回転、サイクリストで90〜95回転という結果です。
これは結構話題になりましたね。
私のこれまでの研究生活で一番のものになったと自負しています。
メタボの象徴でもある糖尿病の対策には有酸素運動が効果的だと言われています。髙石教授の研究では、歩行よりも自転車の方が血液中の糖分を燃やす働きが高く、運動前後の血糖値低下が著しいことが判明。歩行とウォーキングの血糖値低下の差である4mg/dlは、毎日の運動習慣で大きな差を生み出しそうです。