2022.06.01 更新

10年がかりの旅の果てに行き着いた、故郷の島々。
島民という一番の宝を生かし、
しまなみ海道の発展に力を注ぐ。

今や日本のみならず、世界中から注目されるサイクリングコース、しまなみ海道。
このフィールドで現在ポタリングガイドとして活躍されている宇都宮さんは、自転車を相棒に世界を旅した冒険家です。10年88カ国におよぶ世界旅行の果てに、故郷しまなみにたどり着いた経緯をお話しいただきました。

profile
profileNPO法人シクロツーリズムしまなみ ポタリングガイド
宇都宮 一成さん

1968年、愛媛県西予市宇和町生まれ。玉川大学教育学部卒業。メーカー勤務後にタンデム自転車で新婚旅行へ出発。その後10年かけて世界88カ国を周り、2007年帰国。現在はNPO法人シクロツーリズムしまなみでポタリングガイド等に従事。著書に、新婚旅行記『88ヶ国ふたり乗り自転車旅』や『世界でいちばん長いハネムーン』、しまなみ海道のガイドブック『しまなみ島走BOOK』、『しまなみ島走PLAN』などがある。

後編の「宇都宮さん」

  1. 宇都宮さんに先導していただき、ポタリングツアーへ
  2. ゆるやかな坂を上ると、潮風の吹く橋の上へ
  3. 『サイクルオアシス』第一号へ
  4. 宇都宮さんがめざす「これからのしまなみ」

世界中を旅した冒険家が魅了された、しまなみ海道。人を受け入れ、もてなす精神にあふれた島民一人ひとりこそ島の財産だと語る宇都宮さんは、現在ポタリングガイドとして観光客をもてなしています。
今回の取材では、実際に宇都宮さんにしまなみ海道のプチ・ポタリングツアーを案内していただきました。

取材班が走ったのは、しまなみ海道の今治市側の玄関口、大島。「これぞしまなみ!という絶景が観たい」とお願いして、宇都宮さんのガイドでさっそくツアー出発です。
波音の心地いい浜辺沿いから自転車を走らせ、ゆるやかな坂を宇都宮さんに続いて上って行きます。天候は11月下旬とは思えない暖かさ。額ににじんだ汗は、潮風があっという間に冷やしていきます。

見えてきたのは、大島と今治市を結ぶ来島海峡大橋。橋を見上げ、連なる島々を眺められるまさに絶景ポイント。「今日は風も穏やかで、絶好のポタリング日和やね」と宇都宮さん。橋の上をめざして、もう一度ペダルを踏み込みます。

橋の上に出ると、景色は一変。ついさっきまで同じ目線の高さにあった島々を、今はもう見下ろしています。「あっちが『小島』。おしまって読むのは珍しいよね。その向こうは『来島(くるしま)』」と、密集する小さな島々を一つひとつ解説してくださいます。「あの小さい島にも、まだ何人か住んでるんよ」。そう話す宇都宮さんの表情は、まるで自分の家族を思い浮かべているよう。

「この辺りは昔、貿易船の行き来が盛んだったそうです。水先案内人として船を受け入れてきたことから、今のおもてなし文化が培われたのだと思いますね」と宇都宮さん。次の目的地は、そんなおもてなしが感じられる場所をリクエストしました。

宇都宮さんが「ぜひ会ってほしい」と言う方がいる大島の北部へ。道中、眺める位置によって島や海の表情が変わるのがおもしろく、景色をいつまでも見飽きることがありません。 ペダルをこぎながら、宇都宮さんは「この辺りにもちょっと前まではお店があってね」、「あっちの島にもおもしろい人がいるんよ」と教えてくださいます。これだけ新しい情報をご存知なのは、『しまなみ島走BOOK』が2年に一度改訂を続けているから。島を走ってつねに島民と交流しながら情報を集めることが、宇都宮さんのライフワークなんですね。

私たちのリクエストに応えて連れて行ってくださったのは、農家や民宿、お寺、飲食店などに休憩スペースを提供してもらい、サイクリストと島民の交流拠点になっている休憩スポット『サイクルオアシス』。その第一号である『ゲストハウス&カフェ 千和(ちわ)』さんです。

今や島全域に広がっている『サイクルオアシス』は、この千和のお母さんが海岸で休憩していたサイクリストのために軒先にベンチを置いたことがはじまりなのだそう。
突然の来訪にも関わらず、お母さんは「ごはんまだやろ?」とパンとコーヒーでもてなしてくださいました。その心遣いを受け取りながら、これこそしまなみ海道の魅力なのだと実感していると、お母さんは「サキちゃんも呼んでいい?」と海の方へ。サキちゃんってお友だち?と想像していたら、やってきたのはなんと全長1mほどもありそうな一羽のサギ!驚きを隠せない私たちをよそ目に、「名前をつけて呼んでいたら、来るようになってん」とにっこり。しまなみで育まれたおもてなしの心は、サキちゃんにも伝わっているようです。

お腹も心もあたたまったところで、宇都宮さんに改めてしまなみの魅力を伺ってみると、「景色がいい場所は日本中にありますから、景色だけが目当てであれば一度走れば満足できるでしょう。しまなみの一番の宝は、こんな風に誰でも自然に受け入れてくれる島民一人ひとりの心。ここで出会って言葉を交わし、わずかでも時間を共有するその偶然性が記憶に強く残り、『あの人に会いに、また行きたいな』という気持ちになるのだと思います」。そのため、ポタリングツアーでは観光客と島民が自然と出会えるよう、ルートや立ち寄りスポットを選んでいるのだそう。

観光客が増えた一方で島の過疎化・高齢化は進んでいます。今必要なのは、島民のサイクリスト化だと宇都宮さん。「最近やっと、島内でも『お客さんがあんまり楽しそうだから、私も自転車を買ってみた』という人が現れはじめました。島民が自転車に乗るようになれば、新しい目線の観光施策やサービスが生まれるかもしれません。島民が島の魅力を再発見することもあるでしょうし、みんなが自由に島を行き来することで交流も増え、島全体がもっと元気になるでしょう」。島民も観光客も、誰もが自転車を楽しむ。宇都宮さんはそんなしまなみの姿を描いています。「また旅に出たいけれど、みんなに『ナリちゃん、ナリちゃん』と必要としてもらえる間は、ここを離れられないですね」と笑顔で語ってくださいました。

帰り際には宇都宮さんが、「せっかくならもう一人、会ってほしいな」と名物店主のいるお好み焼き屋さんに連れて行ってくださり、にぎやかなご相伴にあずかりました。
限られた時間のポタリングでしたが、景色はもちろん、宇都宮さんの愛する"人の温かさ"というしまなみ海道の魅力を垣間見ることができました。今回お会いした島民の方との再会や新たな出会いを求めて、きっとまた訪れたいと心から感じます。そのときまでにしまなみ海道がどのように発展していくのか、そして宇都宮さんのこれからの活躍がとても楽しみです。

おすすめコンテンツ Life