Social ソーシャル
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2024.04.17 更新
散走(さんそう)とは、日常の中の小さな気づきや出合いを見つけに、散歩のようにゆったりと、気の向くままに自転車を走らせる楽しみ方。個人や仲間と楽しむライフスタイルの一つですが、そんな散走を活用してより良い社会の形成に貢献することをめざし、学生からアイデアを募る取り組みが「ソーシャルx散走」企画コンテスト。今回は第6回で大賞を受賞した京都芸術大学大学院の久慈先生と、企画を立案した学生の江草さんにお話を伺い、アイデアが生まれた背景や、散走そして自転車への期待をお聞きしました。
≪後編のお話≫
- リサーチしてわかった宇治市の現状
- 受賞を意識して、散走マップを作る?作らない?
- 失敗や遠回りの体験のためのアナログカメラと散走
「自転車等を活用した地域文化デザイン」をテーマに
チームに分かれて研究を進めた京都芸術大学大学院の皆さん。
第6回「ソーシャル×散走」企画コンテストで大賞を受賞した
「ここにいルンです 宇治きりとり散走」のアイデアが
どのように誕生したのか聞いていきます。
私たちのチームは6人で、うち4人が外国人留学生です。日本文化に関心のある1人の留学生が宇治好きということが最初のスタートでした。リサーチを進めると、観光地としての魅力をもちつつ、市外へ働きに出ている人が半数以上という状況がわかってきたので、地元で過ごす時間が少ない住民に、地域愛がふくらむきっかけを散走で作ることがきればと考えはじめました。
そうです。宇治市に住む知り合いに聞いてみたところ、住んでいる地域以外にはほとんど出かけることはなく、隣町にも行かないというお話でした。歩いて隣町に行くのは難しいですが、自転車ならば問題ありません。地域の人に知らない地元の魅力を知ってもらう企画の方向で進んだのですが、過去の「ソーシャル×散走」企画コンテストの受賞アイデアを見ると、地域をめぐるマップ制作という企画が目立っていて...
私たちも受賞を狙うなら名所を巡るなどのマップ制作をするべきかと意見が出たのですが、研究テーマである「地域文化デザイン」や「散走」、「宇治市の課題や状況」をきちんと突き詰めた企画にしようと思い直し、散走コースは作りましたがマップにはしませんでした。
余計なことをしたくない、最短距離でやりたい、という時間効率を重視した「タイパ主義」は私たちにも正直あります。けれどこの思考で、失敗から学ぶことや多様な考え方を受け入れる機会が損なわれているのではないか、という思いもあって。散走はゆっくりと自転車を走らせて変化やプロセスを楽しむことを大切にしているタイパとは逆の「遠回り」する体験です。このような時間をもつことで、普段なら見落としてしまう何かを感じたり、気づきがあるのではと思いました。
はい、アナログカメラによる「ちゃんと写っているかどうかわからない」おもしろさも狙いとしてありましたが、3点あれば顔に見えるというシミュラクラ現象を撮影のテーマにしたところ、「顔に見えるか、見えないか」は人によってかなり違いがあって。宇治市に潜むいろいろな「顔」を発見していくそれぞれの「見方」がわかることで、多様性が実感できればと考えました。
私たちは決めたコースを何度も試走しましたが、人を集めたイベント的な実施は残念ながらできていません。大学の仲間に「小学生の気持ちで写真を撮って」とお願いして走ってもらいましたが、やっぱり大人と子どもでは視界が違います。子どもをもつ知人にお願いして体験してもらったことが一度だけありましたが、シャッターを切ることがおもしろかったようで、新鮮な感じで楽しんでもらえました。
そうなんです。ただ私たちが安全な道を選んで決めたコースが、大人にとっては問題なくても子どもにとっては難しいかな、と感じる場所があることに気づきまして。少しの傾斜でも子どもにとっては大変ですよね。安心して楽しんでもらうためには、マイナス要素がないかをさらに徹底して検証しなければと思っています。
状況にもよりますが、基本的にはあまり口出ししませんね。ただテーマに対して本質からズレていると指摘することはあります。指導にあたって大事にしているのは企画を立てていくプロセスで、特に丁寧なリサーチ力や課題をつかんで、文化・デザイン、そしてつながりをどう生むかという答えにつながる一貫した筋になっているかを重視しています。
先生からは「散走賞をめざそう」と言われていたこともあって、すっかりその気持ちだったのですが、先に散走賞が発表されて「終わった...」と思っていたところ、大賞で呼ばれたので本当に驚きました。単純にうれしくてみんなで喜び合いました。
地域リサーチが好きで、ここまで企画をしっかり立てていく経験で得た学びはたくさんありますが、企画を机上のものにせずに、いかに実現レベルで考えられるかが最も難しく、大事であることを学んだと感じています。
取材を終えた後、ゆっくりと京都芸術大学大学院のブースを見学。
農道サイクリングをテーマにした「未舗装路の五感」、
ランダムな移動をナビゲートするアプリを提案する「無意識をデザインする」など、
従来のサイクリングや散走とは離れた新しい視点での提案が目立ちました。
特に目を引いたのは、「ユニバーサルサイクリング」。
タンデム自転車をコミュニケーションツールとして盲ろう者と2人で走る試みで、
体験した方のアンケートでは、「一緒に走れるのが楽しい」という声が多く見られました。
散走、そして自転車がこれからの世の中でどんな風に役立っていくのか、
たくさんの可能性を感じた1日になりました。
京都芸術大学大学院の皆さん、ありがとうございました。