吉田先生の「安全に走れる自転車環境づくり」❶

吉田先生の「安全に走れる自転車環境づくり」❶

吉田先生の「安全に走れる自転車環境づくり」❶

2022.04.06 更新

2017年に自転車活用推進法が施行され、各府省庁が自転車の活用推進に取り組む中、自転車が安全に走行できる環境整備が重要な課題となっています。今回は、こうした交通計画の施策立案や自転車活用推進に取り組まれている交通工学の研究者、吉田先生にお話を伺いました。先生は、道路整備といったハード面だけでなく、子どもの自転車教育や障がい者向け自転車の普及活動にも携わっているのだそう。自転車を取り巻く交通環境の現状、そして、交通環境の未来について、先生はどのように考えているのでしょうか。

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吉田 長裕大阪市立大学大学院工学研究科 准教授

福井県福井市育ち。2000年大阪市立大学大学院工学研究科後期博士課程修了(単位修得退学)、同大学助手を経て現職。博士(工学)。交通計画、交通工学を専門に、自転車交通や自転車利用環境評価の研究を行っている。大阪市都市計画局の施策立案研究員やロンドン大学在外研究員を歴任し、現在は土木学会の自転車政策研究小委員会で委員長を務め、国や自治体と恊働して自転車活用推進に取り組んでいる。

≪前編のお話≫

  1. 数字から人の生業を考える、交通工学の魅力
  2. 交通安全への使命感
  3. 自転車の可能性を知るべく海外へ
  4. 日本の自転車が置かれた現状

交通工学という研究分野をご存知でしょうか。
自動車や鉄道、航空、海運など生活に欠かせない交通全般の機能や
安全性向上に取り組む土木工学の一分野で、近年は事故や渋滞、環境問題といった
社会課題の解決にも期待が高まっています。
この交通工学の研究者であり、特に自転車の交通安全に取り組まれているのが、
大阪市立大学の吉田先生です。

先生はなぜ、交通工学というあまり聞き馴染みのない分野に進まれたのか?
率直に疑問をぶつけると、
「大学進学までは交通工学のことをほとんど知らなかった」という意外な答え。
先生と交通工学の出合いを詳しく伺うところから取材がスタートしました。

Cyclingood
まずは先生と交通工学との出合いをお聞かせいただけますか?
吉田先生

私は中学から自転車通学をはじめ、自然と交通に興味をもつようになり、交通や都市づくりについて学ぼうと大阪市立大学工学部に進学しました。その頃は、交通工学は単に確率統計などの数字を扱うデータ重視の学問だろうと考えていました。ところが、4年生のときに交通ジャーナリストの岡 並木(おか なみき)先生の講演を聴いて、認識が変わったのです。

Cyclingood
どのような講演だったのでしょう。
吉田先生

端的に言えば、交通工学で扱う数字一つひとつに、人の命、人の意思があるという話です。例えば当時、地方自治体が運営するコミュニティバスは高齢者の重要な移動手段である一方、赤字経営が課題になっていました。利益だけを見れば誰もが廃止を考えるところですが、岡先生は利益上は赤字であっても、高齢者の外出機会が増え、まちの活気や経済循環につながるのであれば、運営を継続する価値があると話されたのです。利益や利用者数、その数字に隠れた人の生業を考える。こんなにもおもしろい学問があるのかと驚きました。

Cyclingood
学問の魅力を感じて、研究者の道に進まれたのですか?
吉田先生

それ以前に、交通安全への関心が高かったことも影響しています。実をいうと私は、福井にいた頃と大学時代に一人ずつ、交通事故で同級生を亡くしています。自分と同年齢の若者があっけなく命を落とした衝撃は大きかった。ですから交通安全に対して、心の奥底で使命感のようなものを感じていたのかもしれません。

Cyclingood
そこで、交通工学を通じた安全な交通環境整備に取り組まれるようになったのですね。
吉田先生

そうですね。交通安全にも、もちろん人の意思が深く関わっています。例えば、歩道や信号が整った都市部よりも、地方のほうが子どもの関わる交通事故が少ないというデータがあります。

Cyclingood
環境が整備されているほうが安全なイメージがありますが、意外です。
吉田先生

これは主に保護者の意識の違いも関わっていて、歩道も信号も少ない地方では子どもを一人で歩かせることへの危機感が強く、自ずと安全教育に力を入れるからだと考えられます。この意外性や複雑さが交通工学の魅力であり、交通安全の向上をめざすには、単なる環境整備や厳罰化だけではなく、人の心理を踏まえて安全な行動に導く仕組みづくりが重要だとわかるでしょう。

Cyclingood
一筋縄ではいかないのですね。その中でも、特に自転車に関する活動に取り組むようになったきっかけは何でしょうか。
吉田先生

歩道通行が一般的だった自転車を、「車道の左側へ」という動きに変わってきた2006年頃、環境整備や施策立案に関わるようになったのがきっかけです。自転車は免許不要で、化石燃料も使わず、ラクに遠くまで走ることができます。私自身、日常的に自転車を使ってその魅力を実感していましたし、安全・快適な移動を考えたときに、あらゆる側面からポテンシャルの高さを感じました。

Cyclingood
具体的には、どのような活動を?
吉田先生

まずは、先進国の自転車事情を知るべく海外を訪ねました。日本は世界でも類を見ない自転車大国で、自転車が交通手段として一般化されていますが、その反面自転車に関する施策は進んでいません。視察した先々で、歩道・車道・自転車道がはっきり分離された海外の優れた交通環境を目の当たりにし、日本の多くの道路では自転車が歩道と車道の「余った部分」を走らざるを得ない状況にあることを突きつけられました。

Cyclingood
「余った部分」...。強烈な言葉ですが、確かにその通りだと感じますね。
吉田先生

海外では、自転車がクルマやモーターバイクと同等の権利をもっている場合もあります。専用レーンや信号機が設置されていてストレスなく走行できますし、自転車をそのまま持ち込める電車も多い。

それだけに、交通環境の整備だけでなく、まちづくりや観光施策にも自転車の強みが存分に生かされています。これまで50都市以上を視察し、自転車でまちを走り回ったことで、日本の現状との差を痛感しました。

オランダ・ユトレヒト。駅に隣接した世界最大規模の駐輪場は、電車と組み合わせて効率よく利用可能。

ベルギー。湖を貫く道の途中では目線が水面の高さになり、水中を走っているような景観を楽しめる、人気のサイクリングロード。

デンマーク・コペンハーゲンの自転車専用橋。水辺の眺望を楽しみながら、歩行者と交差せず安全に走り抜けることができる。

Cyclingood
日本はなぜ、自転車大国でありながら整備が進まないのでしょう。
吉田先生

海外では、自転車をクルマやモーターバイクと同じように扱ってきた歴史があります。日本でも自転車の道路走行が浸透していたのですが、1970年代の道路交通法改正によってルールが変更され、歩道通行が常態化したのです。その結果、道路環境やシステムの整備が遅れ、現在では自転車利用者が各自、「道の余った部分」をどうにか見つけて走っているのが実情です。

Cyclingood
確かに、実際に自転車で走っていて「どこを通ればいいのか」迷うことがあります。
吉田先生

私も海外の研究者が来日した際に、「日本の道はどう走ればいいかわからない」と言われてショックでしたね。この言葉を聞いて、どんな人でも、初めて走る道でも安全に走れる環境づくりの重要性を再認識しました。

海外と日本の差に衝撃を受けた吉田先生。
50以上の都市を視察して得た知見を日本の交通環境整備に生かし、
現在大きなプロジェクトを進行しているそうです。
その取り組みと、環境整備に留まらない活動については後編で!

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