Social ソーシャル
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2019.01.30 更新
こころもからだも健康になることはとても大切なことですが、そもそも人は健康になるために生きているのではなく、
健康の先にある「幸せ」を求めているのだと思います。現代を生きる日本人は「個」に根ざした多様な価値観をもち、
それぞれが描く「幸せ」のあり方も三者三様。では、幸せに生きるというゴールに向かって健やかな心身が生み出す
ものとは何だろう?と考え、Cyclingoodが出したのは「知性」「感性」「社会性」でした。この考えについて
池永所長にインタビュー。健康と幸せの間にある「人力」の必要性について、お話をお聞きしました。
≪前編のお話≫
- 自転車は「○(まる)」である!?
- 今の世の中には適合不全が起こっている。
- 簡単に答えが出せる利便性の反面、失った思考のプロセス。
- まるで自転車で走るときのように、知の寄り道も大切。
自転車で健康になったら、何を生み出すのだろう?
脳を活性化し、感覚的な気持ちよさをもたらし、
人のつながりを生み出す自転車の効果は、
これまでさまざまなコンテンツでお伝えしてきましたが、
それがどのような「幸せ」につながっていくのだろう?
そう考えたのが、池永所長にインタビューをお願いするきっかけでした。
どんどん世の中が便利になり、進化のスピードが加速するなかで、
人のチカラ、人力はどのように必要となっていくのか。
自転車がつくる人の「知性」「感性」「社会性」は
どのように活かされていくのか。
そんな疑問を解き明かすべく、池永所長と向き合った途端、
このようにインタビューはスタートしました。
私、気がついたんです。自転車は○(まる)なんですよ。
車輪やベアリングの形は○ですし、仲間が揃えば丸くなって集合するでしょう。人が集まって円・輪になり、ご縁を紡いでいく。
自転車文化がもたらすものは、この輪であり、和であり、縁なのです。
世の中の基本構造は「○」です。
古来、日本の家族は火を囲んで円になって食事をしていました。
円になるということは全員が等間隔に位置し、誰かの話を全員が共有できます。
この等間隔の位置関係はまちづくりにも活かされ、人と人の輪と縁を育むコミュニティとして発展してきました。
まるで自転車の車輪のような、前進するための社会構造だったのです。
自分の意志で前に進み、行きたいところに行けるという自由があり、そこには視る・聴く・触れる・嗅ぐ・味わうという五感に直結した感性を磨く機会にあふれています。 自転車の構造と自転車による行動には、人間のあるべき姿が詰まっていると言えますね。
いずれも人が幸せに生きる上で、欠かせない人力だと思います。
つまり適合不全。これからさらに経験したことのないようなひずみが起こるのではないかと想像しています。
電話、カメラ、ナビゲーションシステムなどあらゆる機能がスマートフォンに集約されたことで、時間の概念や感覚を変えたと共に、思考する時間を失いつつあります。
思考方法が変わったということでしょうか?
しなくなっているような気がします。
開拓していくようなイメージですね。
たとえば昔は調べ物をするときに、辞書や辞典を頼りにしていました。このとき、調べ物の対象とはまったく異なることに意識が流れて読み込んでしまったという経験は誰にもあると思います。
このような機会を失っていることを自覚すれば、
答えに早く行き着くだけがすべてではないと言えます。
気になった場所に寄り道をして得られた情報や知識にはどこか特別感があって有意義に感じます。 早く到達することだけを目的にせず、知性の種を集める寄り道や思考を巡らせるプロセスそのものをどのように作っていくかが問われているのでしょうね。
すぐ答えを出せるという利便性に頼ってばかりいては
自分の思考力、オリジナルの答えを導き出すチカラを失ってしまうという
池永さんの言葉にハッとさせられた人は多いのではないでしょうか。
自転車と同じように、目的地に早く到達するばかりではなく、
ときには思いを巡らせ、思考を寄り道させてみることも
知性を育む大切な遠回りになるようです。
さて後編では「感性」と「社会性」について伺っていきます。お楽しみに!