田代さんの「安全という土台を作る、ガイドの役割」❷

田代さんの「安全という土台を作る、ガイドの役割」❷

田代さんの「安全という土台を作る、ガイドの役割」❷

2023.08.02 更新

神奈川県の東南部、湘南エリアに位置し、南側は相模湾に面する藤沢市。人気の観光スポット江の島を有し、サイクリングにうってつけの景色と走りやすい平坦な道が続くこの場所を拠点に、田代さんはサイクリングツアーのガイドをするとともに、ガイドの養成を行っています。アテネオリンピック出場という華やかな経歴をもつ元プロアスリートが、なぜこの地でツアーガイドやその養成に取り組むのか、これまでの歩みや現在の取り組みについてお話いただきました。

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田代 恭崇 リンケージサイクリング株式会社 代表
1974年6月7日生まれ。東京都出身。大学時代にロードバイクと出合い、プロの世界へ。 10年間チームブリヂストンアンカーに所属し、海外のレースや全日本選手権などで多くの優勝を飾り、2004年にはアテネオリンピック日本代表選手として活躍。選手引退後、ブリヂストンサイクルに入社し、商品企画や広報、ショールーム運営などを担当。現在はリンケージサイクリング株式会社を立ち上げ、サイクリングツアーやツアーガイド養成などの活動を通してサイクリングの魅力を伝えている。

≪後編のお話≫

  1. 海に魅了され、湘南でのツアーをスタート
  2. ツアーと同時にはじめたガイド養成
  3. ガイド講習も兼ねて、サイクリングへ
Cyclingood
ツアーの拠点は、初めからこの湘南エリアと決めていたのでしょうか?
田代さん

拠点探しをしていたところ、景色の良さに惹かれて即決しました。選手時代、練習中に海が見えると気分が上がりましたから、景観は重要なポイントでした。海が見えると、「自力で遠くに来た」という達成感や、非日常感も味わえるでしょう。この気持ちよさにはまって、毎年来てくれる方もいらっしゃいますよ。

また、ツアーだけでなく、ツアーガイドの養成もほぼ同時にはじめました。

Cyclingood
なぜガイド養成を?
田代さん
サイクリングツアーにはガイドが不可欠ですが、ただ自転車に乗れるだけではガイドは務まらないためです。ガイドは自分の気持ち良さや楽しさは後回しにして、数10m先の交差点や歩行者など周囲の状況はもちろん、後ろを走るツアー客にも気を配らなくてはなりません。
Cyclingood
安全を守るためには、走行技術だけではないスキルが必要なのですね。
田代さん
隊列は乱れていないか、次の信号を渡るのか停止するのか、刻々と変わる状況を常に注視する集中力と判断力が求められます。私は選手生活でこうした知識やスキルを習得していましたが、当時は一般的に「ガイドにスキルが要る」とは認識されておらず、ガイドの育成方法も確立されていませんでした。

ちょうどその頃、知人が同じような課題を感じてJCGA(一般社団法人日本サイクリングガイド協会)を立ち上げていたので、私もJCGAのガイド育成プログラムの作成や検定試験教本の編集、講習会などに携わることになりました。

Cyclingood
では、ガイドの検定試験を田代さんが作られたのですか?
田代さん
それ以前には筆記試験での検定があったのですが、私は実技が必須だと思い、筆記と実技によるガイド検定を確立させました。ツアー参加者の安全を守るために高い基準を設けていますが、現在までに約140名のJCGA公認サイクリングガイドが誕生し、全国のサイクルツーリズムの中心メンバーとして活躍していますよ。

ここからは田代さんが普段どのような活動をしているのかを体験するため、
取材班を参加者に見立てて、ガイド講習も兼ねた
江の島サイクリングツアーへ!
まずはガイドに必須のハンドサインを教えていただきます。

右腕を真っ直ぐ横に伸ばすと右折の合図。「後ろを走る参加者まで伝わるように出しましょう。道路交通法で定められた手信号では手のひらを下に向けますが、JCGAではパーがしっかり見えるように出すことで視認性を高めています」。

右腕を真っ直ぐ横に伸ばすと右折の合図

田代さんの「江の島まで行ってみましょうか」との言葉で走り出します。走行中は常に周囲の状況を確認し、隊列が伸びていればスピードを落とし、水たまりや道路の窪みがあれば指差しと声掛けで知らせてくださいます。すっかり安心しながら背中を追っていると、あっという間に海、そして江の島が見えてきました。この距離の近さが、田代さんをトリコにした湘南の魅力。

橋を渡ると、もう江の島に上陸。
「小さい島なので、ビギナーでもラクに一周できますよ。こうしてちょっとした観光案内をするときは、自転車をどこに停めるか、トイレ休憩を挟むか...、など状況を見ながら判断します」。
何気なく観光案内マップの前に停車したように見える田代さん。ですが、ツアー参加者が道をふさがず、広がりすぎず、マップが見える位置に自然と集まれるよう、どこに停車するかを瞬時に判断しているのだそう。筆記試験だけでは測れない細やかなスキルに、実技でのガイド養成講習の重要性がうかがえます。

交通量の多い道路ではクルマとの距離の取り方、交差点では歩行者の動きなど、ガイドとしての視点を話しながらも常に笑顔を絶やさない田代さん。「ツアーの目的は、自転車に乗る時間を楽しんでもらうことですから。観光案内には載っていないような話で盛り上げるのも、スキルの一つですよ」と笑いながら、私たちを最後までガイドしてくださいました。

この笑顔こそ、田代さんのサイクリングツアーに人気が集まる理由なのでしょう。参加者はきっと、田代さんのガイドのもと、自分で風をきって走る楽しさやスピード感に夢中になり、リピーターになっていくのだと想像できました。

そして、その楽しさの基盤となるのが、安全・安心の確保です。「どれほどツアーが盛り上がっても、アクシデントが起これば一瞬にして悲しい記憶に塗り替えられてしまいます。何事も起こらないからこそ、心置きなく楽しむことができる」と話す瞳の奥に、安全に対する強い使命を感じました。

ガイドを育てることで安全という基盤を日本中に築き、
自らもツアーガイドとして自転車の魅力を伝える。
もう二度と乗らないと誓った経験があるからこそ、
再認識した"楽しさ"を原動力に、
田代さんはツアーとガイド養成の両輪で走り続けていきます。

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