西川さんの「ちきゅうの教科書」❷

西川さんの「ちきゅうの教科書」❷

西川さんの「ちきゅうの教科書」❷

2018.05.25 更新

2006年から自転車によるひとり旅をされている西川さん。すでに36カ国、90,000kmを走破し、
2012年からは世界と日本の子どもたちをビデオ通話でつなぐ「ちきゅうの教科書」という課外授業を
実践されています。自転車で世界をめぐることは、想像以上に過酷な状況に見舞われることもあり、
継続することも決してたやすくないはず。それでも世界をめざし、子どもの教育に関わる取り組みを
続けられているその思いや背景を、じっくりとお聞きしました。

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西川 昌徳 自転車冒険家
1983年兵庫県姫路市出身、自転車冒険家。世界を自転車で走りながら、大自然やその土地に生きる人々と向き合う旅を続けるかたわら、2012年から教育支援活動として自転車旅で訪れる国と日本の学校の教室をビデオ通話でつなぎ、交流を行う課外授業「ちきゅうの教科書」を実施。また、教育機関を中心に、幅広い世代を対象にした講演活動を日本全国で行う。地球上で最も活躍した冒険家、挑戦者、社会貢献活動を表彰するFAUST A.G. AWARDS 2014 ファウスト社会貢献活動受賞。

≪後編のお話≫

  1. 「ちきゅうの教科書」のはじまり。
  2. その日、そのときの、偶然性が大切。
  3. 思いもよらないピースがつながる人生の面白さを。
  4. 「今」の気持ちに素直に、日本旅へ。
Cyclingood
教育委員会への課外活動提案が受け入れられ、その後どのように実施されるようになったのでしょう。
西川さん
2012年に出発しまして、メールでやりとりしながら各所でビデオ通話をつないで、旅のリアルを伝えました。
最初は「あ、西川さんだ!」という反応でしたが、世界のさまざまな町の風景にも関心を示してくれるようになりました。
Cyclingood
子どもたちにすれば、見たことのない知らない場所に良く知っている西川さんがいることは相当な驚きでしょうね。
西川さん

「町の人に話しかけてみよう」と質問してもらったら、子どもが聞くことって「横断歩道はあるのですか?」「宿題はありますか?」という身近なことばかり。

話が行き詰ったときに、たまたま日本の子どもがピカチューを見せたらそれで一気に打ち解けて盛り上がったこともありましたね。

Cyclingood
その授業は、たまたま出会った人と会話をしてもらうというプログラムなのですか?
西川さん
最初はいろいろとやってみたのですが、成り行きに任せる方が子どもの素直な反応を引き出せるので今ではあえてやっていませんね。
その日、そのとき、居合わせた人との偶然性を大切にしています。
Cyclingood
なるほど。上手くいかないときもあるでしょうが、
それはそれで良いとされているのですね。
西川さん
人生ってそうでしょう。上手くいかないことも多い。
大人が上手くいくように仕向けることに意味がないと思っていて、子どもたちの中から飛び出してくる「跳ねるようなもの」を感じられる場にしたいと思っています。
プレゼンテーションを企画したこともありましたが、「これではコミュニケーションにならない」と止めました。
Cyclingood
世界と出会った子どもたちに、どのような変化がありましたか?
西川さん
気持ちを素直に表せるようになって表現力を身につけた子ども、英語に興味を持った子どもなど、実にさまざまです。
もちろん、このような活動に即効性があるわけではないので、
この経験によって目に見える変化が無い子どももたくさんいます。
それはそれでいいのです。

Cyclingood
といいますと?
西川さん

僕はよく、「人生はジグゾーパズルのようなもの」と子どもたちに話します。何か行動を起こすとピースをひとつ手に入れ、真っ白なパズルに置いていく。このピースは最初、どこにはまるものかはわかりません。

ところが手に入れたピースが増えていくごとに、思いもよらないふたつのピースがつながって形になることがあります。
ピースが増えて形になっていくのが人生の面白さ。
どんな絵がそこに表れるのかは、その人の生き方次第です。

Cyclingood
だからこそ西川さんの課外授業が、どのような形のピースとつながっていくのかは今はわからなくていいということなんですね。
西川さん

「自分とは何か」を見つける自己の獲得が人生の目的だと思っています。僕は世界を旅することで、世界のさまざまな人の暮らしに入り込ませてもらい、自分自身を客観視することができるようになりました。

知らない世界を経験することで、物の見方が広がり、受け入れる器も大きくなります。なので子どもたちに、まずは知らない世界に出会えるきっかけとして、課外授業を楽しんでほしいと思っています。

Cyclingood
西川さんがそのような考えをお持ちなのは、
今の教育について問題意識を抱いていらっしゃるからなのでしょうか?
西川さん

問題意識というほどではありませんが、最近の子どものなりたい仕事の上位にYouTuberが挙がっていますよね。

「人を楽しませる仕事をしたい」と思っているならいいのですが、単に「ラクして稼げそう」というイメージが強いのであれば、どうなのかなと思うことはあります。

Cyclingood
確かにそうかもしれませんね。
西川さん

今の子どもには早くからキャリア教育が行われ、職業意識をもち、その目標に向かっていち早く効率的にスキルや知識を身につけることが求められています。失敗を避けて成功をめざす近道が良しとされます。

親の思いを背負うケースもあるでしょう。
こうしたさまざまなプレッシャーが今の子どもにのしかかっているような気がします。

西川さん

10年後さえ予想がつかない世の中になっているにも関わらず、
子どもには自分の未来を描いて実現に向かいなさいと大人は言う。
そこに正直、矛盾を感じています。

インスタントな答えを求めず、失敗しても構わないから今やりたいことに夢中になってほしい。そんな「今」を積み重ねた先にある、自分を生かせる生き方を見つけてほしい。だからこそ、僕なりの「今」を伝えることで、こんな生き方もあることを知ってもらいたいのです。

Cyclingood
たとえ遠回りをしても、そのとき一番やりたいことに素直に取り組むことが、後悔の無い人生になると。
西川さん
その通りです。親友の死が教えてくれた、
僕が一番大切にしたい生き方です。
Cyclingood
では今後、西川さんご自身はどんなことに向かわれるのでしょう? 「今」やりたいことって?
西川さん
実はですね、5月中旬から自転車で旅に出ますが、
今回は海外ではなく、日本を走ります。
Cyclingood
意外な展開ですね。
西川さん

去年、メキシコからコロンビアを走りましたが、
出発前にまったく気分が乗らなくて。

よくよく考えてみると、この旅が自分にとってやらなくてはいけないものになってしまっていることに気づきました。
このままではダメだと、じゃあ今自分がやりたいことは何かを考えたら自然と「日本を旅したい」という気持ちが湧き上がってきました。

Cyclingood
どのようなプランなのでしょう?
西川さん

行き先は決めていません。1杯ごとに豆を挽いて作るコーヒーの準備をして、出会った人に僕がコーヒーを淹れて差し上げ、一眼レフで撮影した写真を印刷してお渡しします。

豆を挽くところから飲んでいただくまで、およそ10分。
人生の10分を僕と共有してもらい、
コーヒーと写真に対する費用をいただくのか、
何かモノをいただくのか、タダなのか、
それはその方に決めてもらえばいいと思っています。

これは今の社会に「思いの交換」はあるのか?という僕なりの実験。
どんな人と出会い、どんな結論が出てくるのかまったく未知数ですがとてもワクワクしています。

Cyclingood
その実験がまたどのように子どもたちに伝わっていくのか、
楽しみにしています。

今や多くの小・中学校から「ちきゅうの教科書」の依頼を受け、
講演会などにも精力的に取り組まれている西川さん。
何が起こるかわからない旅先での偶然性が、
何かを感じ、考えるきっかけとなり、その積み重ねが
自分の生き方や価値観を育む「栄養」となって
西川さんの中に確かに蓄えられている。そんな印象を受けました。

安易に答えを求める生き方よりも、
上手くいかないこともある生き方を知ってほしい。
きっとその方が、どんな時代になっても社会にしっかり立てる力になる。
そんな西川さんの思いが、多くの子どもたちの心を動かしているのだと思います。
これからのますますのご活躍を期待しています!

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