2015.01.30 更新

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筑波大学 体育系 運動生化学
筑波大学大学院 人間総合科学研究科体育科学専攻長

医学博士 
征矢 英昭 教授

「脳フィットネスを高める運動条件の探索と運動プログラムの開発」が主な研究テーマ。文部科学省の「ヒューマン・ハイ・パフォーマンスを実現する次世代健康スポーツ科学の国際研究教育拠点」のプロジェクトリーダーも務める。
Cyclingood
まずは先生、運動によって活性化が認められた「前頭葉」がどのような働きをしているのか教えてください。
前頭葉は霊長類、特にヒトで大きく発達している脳領域です。この前頭葉の前方部にある前頭前野という部位は、認知機能全般を担っており、中でも外側部は注意力、集中力、判断力、計画・行動能力など、総称して実行機能と呼ばれる認知機能の発揮に重要な役割を果たしています。これまでの研究では、中強度のややキツイと感じる程度の運動で実行機能が高まることはわかっていたのですが、「もっと軽いレベルの運動でも実行機能は高まるのではないか」と考え、実験を行ったのです。
Cyclingood
なるほど。
軽い運動ほど多くの人が取り入れやすくなりますからね。
その実験内容を教えてください。
実行機能の測定には代表的な認知課題である「ストループテスト」を採用し、25名の健常な若年層を対象に2日間実験を行いました。テスト→15分間安静→テストの流れと、テスト→10分間の低強度のペダリング→5分間安静→テストの流れを、それぞれ日を空けて実施。どちらの流れを先にするかは、実験参加者ごとにランダムに割り振りました。つまり、2回のテストの間に安静にするか、軽い運動を行うかの違いを設け、テスト結果の差を確認したのです。さらに、テスト中は光トポグラフィと呼ばれる脳活動計測装置を頭の前方に装着し、前頭前野の活動を計測しました。この実験で行った低強度のペダリングとは、最大酸素摂取量30%レベルですから、息が上がるまでもない程度ですね。
Cyclingood
確かに運動経験の少ない人にもできるレベルですね。
それで結果は...
テストの前後に軽い運動を行った方が実行機能を支配する脳部位(左脳の前頭前野背外側部と前頭極)が活性化し、認知課題成績が向上しました。つまり、たった10分の軽い運動でも、集中力や判断力などの実行機能が高まり、中軽度の運動と変わらない効果を得られることが判明したのです。これは低強度運動でも実行機能が高まることの世界初の科学的な裏付けとなりました。さらに、気分については運動後に覚醒度が高まり、それだけ「スッキリ」した気分になっていることがわかりました。
Cyclingood
ということは、軽い運動によって、集中力や注意力などが高まり、気分も良好になっていたと。
そうです。前頭前野は加齢やストレスの影響を受けやすいことから、ここが活発になることによって社会問題となっている認知症やうつ病の予防への効果が期待されますし、働く人にとっても仕事の効率アップや前向きな気分につながるでしょう。軽い運動とはゆったりとした自転車運動やウォーキング、ヨガ、太極拳などが例に挙げられますが、こうした軽度の運動を生活に取り入れることが心と身体のコンディションを整えることに有効だと考えられます。
Cyclingood
ストレス対策だけでなく、仕事の効率が高まり、気分にもいい。それが自転車などの軽い運動でできることはビジネスマンにとってもうれしいニュースです。
その人によって適切な運動レベルは異なりますから、体力のあるスポーツマンなら短時間で高強度の運動で効果を発揮するかもしれません。しかし誰にでもできる低強度の運動は年齢や運動経験を問わずに取り入れてもらいやすいため、多くの人の脳の活性化、つまりは「元気で前向きな状態」の維持に役立つと思います。これからは短時間で低強度の運動を長期的に継続することで、どのような効果があるのかを検証していく予定です。
Cyclingood
軽い運動でいいコンディションを保つことができるのであれば、誰もが無理せず、習慣的に生活に取り入れやすいですね。先生、ありがとうございました。

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